【プ ロ フィ ー ル】 昭和6年(1931年)12月6日生まれ。アメリカ・シカゴ大学大学院経済学研究科卒業。 成蹊大学経済学部教授、国連アジア太平洋経済社会委員会開発計画部長、事業 政策評価局長等を経て、国際連合開発政策委員会議長、外務省無償援助懇談会 委員、外務省ODA懇談会委員、国際開発学会会長、モンゴル開発政策支援グルー プ座長、国際開発高等教育機構評議員、日本評価学会副会長なども務める。長年にわたり、南北米、欧州、オセアニアで教鞭を執った。「環境保全功労者表彰」受賞 |
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廣瀬 良吉 | 成蹊大学名誉教授 ・ 政策研究大学院大学客員教授 |
新年明けましておめでとうございます。
旧年中皆様から頂いた数々のご助言とご厚誼に深謝すると共に、今年もよろしく
お願い申し上げます。
昨年は天皇陛下にあっては、健康で傘寿をお迎えになったことが小生にとって、大
変嬉しいことでした。陛下とはご進講を通じて何回かお目にかかり、直接陛下の御考
えを聴く機会がございましたが、常に第二次世界大戦で尊い命を落としていった日本
人のみならず、世界の一千万を超える人々のためにご冥福を祈り、二度とかような戦
争があってはならないという非願のもとに、世界平和と地球上のあらゆる生物の生命
がその寿命を全うできるよう祈願しているお姿に、いつも感銘を深くしてきました。
今回の天皇誕生日での記者会見でも同様なご発言をしておられました。敗戦時満11
歳の少年であった陛下は、米国の平和主義に徹したクウェーカー教徒であるバイニン
グ婦人を師としてお迎えしたこともあって、特に弱者への優しい寄り添いの御心、少
数民族の人権擁護、人々の絆の大切さ、世界平和への熱烈な願いが、国内外各地での
日々の言動に表われていることは、日本国民として最高の喜びと同時に最大の誇りで
す。 陛下がご健康の中で米寿をお迎え出来る日を、共に喜ぶ日が到来すのを祈願し
ています。
さて、2014年を迎えるにあたって、皆さまはどんな年をお考えでしょうか。
2014年こそ、東アジアのみならず、世界のあらゆる地域での国内外紛争や南スー
ダン、シリヤを初めアフリカ・中近東地域における軍事衝突に終止符を打ち、敬愛す
る陛下がいつも希求なされている世界平和と世界の人々が念願している暮らしの安定
と弱者への思い遣りがあらゆる地域で溢れる年になってほしいと心から願っています。
同時に、自分が住んでいる地域や世界各地の人々と手を携えて、この人類共通の目標
に向かって、貢献したいと思っています。
世界的大恐慌の中で満州事変が勃発した年に生を受けた小生は、やがて第二次世界
大戦後半の毎日は周囲の人々と同様に、空爆による自宅の焼失、多くの学友の死とい
う悲劇を経験しました。 しかし、戦後経済社会の混乱から立ち直っていった我が国
は、半世紀に及ぶ冷戦体制の下でも、国内外の人々を殺傷し、環境を破壊する戦争へ
は一切加担せず、今日まで平和を守り抜いてきました。隣国の中国や韓国を含めて、
世界の大半の人々は世界平和を心から希求していることを、毎年の世界各国への度重
なる旅で確信しています。中国や韓国と日本の間に、尖閣諸島や竹島の領有権問題や
従軍慰安婦問題等で緊張した関係が続き、政冷経温状況にありますが、お互いに相手
の意見に耳を傾け、東北アジアの平和と安定という3国のみならず、アジア及び世界
にとって最も大切な外交目標に焦点をあわせていけば、双方に満足できる解決策は見
出し得ると信じています。確かに中国、韓国、日本における最近の言動は気になりま
す。中国はかっての文化大革命はもちろんのこと、近年の南・東シナ海での近隣諸国
との海洋上の軋轢と昨年の日系企業への暴力行使に繋がった頑な愛国心の鼓舞という
自国の痛ましい歴史から学んで欲しいし、韓国も長期にわたった軍事独裁という自国
の悲しい歴史から学び、今後も民主化の道を歩んでいく上で不毛な頑な愛国心の鼓舞
から目を覚まして欲しいと念願しています。もちろん、日本も戦前の朝鮮併合、満州
事変、真珠湾奇襲、東南アジア諸国への侵略という負の歴史をもっており、我が国に
おける歴史教育を今後充実していかねばなりません。特に、最近ヘイトスピーチに見
られるようなアジアの平和・安定を乱す、平和愛好・世界共栄に反する極右勢力の台
頭を決して許してはいけません。
サンフランシスコ平和条約に調印した我が国では、天皇陛下はもちろん、歴代の内
閣も世界に向かって、自国の過去の非を深く認識・反省してきました。その一環とし
て、平和憲法の下で国際紛争の解決の手段としての再軍備を否定し、日米同盟の下で
自衛のための軍備費を国民総生産の1%以内に抑えてきたのみならず、その経済力、
科学技術力にも拘わらず、国連安全保障常任理事国である米英仏、ロシア、中国とは
異なって、核兵器を生産・保有せず、核不拡散条約を批准し、広島、長崎の原爆投下
による数十万人の生命を奪った核兵器の廃絶に向けた共同提案を国連総会へ毎年提出
し続け、国連PK法の下で、平和・人道的目的以外には武器輸出を禁ずる3原則を堅
持してきました。このように、近隣諸国への軍事的挑発行為を戦後一貫して固く禁じ
てきた我が国歴代政権の政策は、ASEAN諸国をはじめ、世界のすべての人々から
称賛の的となっています。 軍事力に依存した勢力争いに相変わらず没頭している現
存するいくつかの経済・政治・軍事大国とは違って、日本は平和国家としての「世界
のモデル」になってきたことを、我が国の国民大衆は誇りに思っています。この姿こ
そ我が国は今後も堅持し、世界へ一層発信していかなければならないと確信していま
す。
さらに、戦後日本の復興・再建、その後の高度成長にかけた日本の各界の先輩諸氏
の努力とそれを支えた国民大衆の精神的強靭さには、小生は常に尊敬の念をもってき
ました。もちろん、その過程で熊本や新潟で水銀中毒で発生した「水俣病」、二酸化
炭素排出による四日市喘息、富山の重金属汚染による「痛い痛い病」等に代表される
環境破壊に基づく多種多様な病魔を経験したことは痛ましい事実です。しかし、1960
年代後半からの国民運動の甲斐あって公害国会での環境保護立法、環境庁(その後環
境省へ格上げ)の設立を通じて、国内環境整備、やがてリオでの地球サミットを契機
に推進してきた熱帯雨林の保護、生物多様性の保全、3Rを通じた循環型社会や低炭
素社会の構築へ向けたODA事業、IGES等国際研究協力活動、旭硝子財団による
環境関連科学技術研究助成、ブループラネット賞授与、イオン環境財団による生物多
様性アワード(国際賞、国内賞)授与等も地球生態系の保全に貢献してきたことも誇
りに思っています。また、OISCAを初め、多くの環境NGOが国民の善意、社会
的貢献に目覚めたイオン、セブンイレブン等多くの企業財団の協力、地球環境基金等
の支援の下に国内外で実施してきた河川・湖沼の水質浄化、森林の再生、環境に優し
い地域社会の構築等も地球環境の保全に大きく貢献して参りました。
そして、何よりも3.11の東北を襲った大震災で罹災した人々への支援にいち早
く駆けつけた延べ80万人を超えるボランテイアと共に、日本全国の市町村や市民団
体、環境財団等が、現在でも被災地の人々や市民団体、市町村と一緒になって、地産
地消を基軸とした環境に優しい持続可能な新しい街づくりに励んでいる姿は、正に日
本古来の「絆」を再現しています。「新しい東北」という形で、これらの官民連携活
動を側面から支援している復興庁、環境省をはじめ、各省庁の努力に敬意を表します。
しかし、第1次安倍内閣が地球温暖化を阻止するために洞爺湖サミットで発案し、世
界8カ国の首脳が合意した「2050年までに世界の二酸化炭素(CO2)排出量を
1990年に比して50%削減する」という国際的な目標の達成は現時点では程遠く、
この合意目標の達成のためには、既に米国を抜いて世界最大のCO2排出国となった
中国をはじめ、ブラジル、インド等世界のすべての国々が参加する新しい国際的枠組
みが不可欠です。21世紀にはいっても、相変わらず先進国対途上国という二項対立
的発想が支配していることは残念です。日本は他の先進国と協力して率先して地球温
暖化阻止という人類共通の目標達成のために今後も一層努力することを念願していま
す。こうして21世紀には、世界平和の維持のためだけでなく、環境面でもグローバ
ルガバナンスの重要性が問われています。今後も我が国は、国内外のあらゆる主体と
一緒になって、国内環境保全に努めると同時に、地球生態系そのものの健康維持に一
層積極的に取り組んでいかねばなりません。
1990年代から2000年代にかけての「失われた20年」という経済成長の鈍化の中で、
かって世界一を誇った政府開発援助(ODA)純額は、1997年をピークに現在では半
減しました。さらに、グローバル競争の激化の下で、企業は国内投資よりも海外投資
を優先し、雇用形態は正社員の削減、パートを含めた非正規社員の増加に伴う平均賃
金所得の低下、さらにいわゆる超過勤務の続出、若年労働者の失業率の高止まりの中
で、政府による雇用創出、未就業者の救済、健康保険・年金赤字の補填による財政赤
字残高は我が国の国民総生産の2倍を超える大幅な増大を招き、21世紀に入っても将
来に対する国民の不安は拡大していきました。2009年には国民の「希望」を担って登
場した民主党政権は、NATO(No Action, Talk Only)で、国民の期待を裏切り、
さらに2011年3月11日の東北大震災と東京電力の福島第一原発の爆発時での対処
とその後の原発汚染処理対策の遅れは、国民の不信に追い打ちをかけて、一昨年11月
の衆議院総選挙と昨年8月の参議院選挙における自由民主党と公明党の地滑り的圧勝
をもたらしました。これらの選挙の結果は、自民党や公明党への国民大衆の積極的な
支持というよりも、民主党政権が余りにもお粗末だったことによる反動というのが定
説です。
一昨年12月に発足した第2次安倍政権は、アベノミックスを発表し、日銀による積
極的な金融緩和、資金供給とそれに伴う円安の定着による輸出増、欧米アジア市場の
不安定ながらの回復基調、東北大震災の復旧・復興のための公共事業の急増により、
リーマンショック以前への株式市場の持ち直し、一部関連産業における不況からの脱
却のお蔭で、不完全ながら雇用・消費支出の微増、10数%の税収の拡大が見えてい
ます。今後の景気拡大を維持せんがために、昨年暮れには、2014年度95兆88
23億円という戦後最高の予算を閣議決定し、沖縄への振興予算を3500億円【2
021年度まで毎年3000億円台の予算確保】、さらに新たに福島再生加速化交付
金として1088億円を計上しています。これらの資金手当てのために新年度は借り
換え国債を含めて国債発行は181兆5388億円に達し、国の借金残高は国民総生
産の2倍弱の1千兆円を上回ります。しかし、レーガノミックスに習ったアベノミッ
クスの今後の最大課題は、一方で「第3の矢」である成長戦略で打ち出された特定諸
産業の投資、収益、雇用の拡大を如何に実現するかであり、この成長戦略の貫徹無く
しては、日本経済の中長期的に本格的な持続的成長は期待できません。 他方では、
米国の連邦準備銀行による市場への大幅な資金供給策に習って実施してきた日銀によ
る国債買い上げを通じた異常なほどの資金供給は、政府の財政赤字残高の拡大と相俟っ
て、国際市場における日本の国債価格の暴落をもたらす危険を常に孕んでいます。確
かに、海外投資家による日本国債保有残高比率は、米国各種連邦債と比して遥かに低
いが、米国に比して国際金融筋で信頼度が低い日本の場合には、米国以上に、国内外
ヘッジファンド等による投機的行為には細心の監視が不可欠です。国際通貨基金だけ
でなく、巷で財政規律の確保が一段と叫ばれる所以です。
現在太平洋パートナーシップ(TPP)交渉が進められていますが、農・漁業、医
療・保健・教育等過保護産業が国際競争力をもつためには、国内で大幅な経済規制の
緩和・撤廃が不可欠であり、強力な既得権益の壁を打破しなければなりません。そし
て原発安全神話に頼って、過疎地域での原発建設を優先してきた我が国の高価な原発
政策の抜本的見直しが、新エネルギー基本政策にも求められています。これらの基本
的政策で既得権益との安易な妥協は許されません。この「第3の矢」の成否こそ、第2
次安倍政権の持続性の試金石となるでしょう。さらに、新年4月の消費税8%への引
き上げは、一昨年の民主党政権下での自民・公明・民主党3党合意では、持続可能な
社会保障制度の整備を優先するとことになっていましたが、既に発表されたように、
消費税の引き上げに伴う消費支出の下落を防止するための企業税制の緩和や景気浮揚
のためにも配分されることになっているようです。国民の大半にとって中長期的に好
ましい場合には、たとえ既得権益者にとって不利になるようでも、政治的に困難な政
策決定をすることこそ、安倍政権に求められている「賢明な政治」であることを銘記
すべきでしょう。あらゆる政策決定で、ポピュリズムは否定されなくてはなりません。
国民も、短期的便益のために中長期的利益を犠牲してはいけません。
さらに、昨年12月25日に公表されたユニセフと我が国の国立社会保障・人口問
題研究所の報告書によれば、我が国は31カ国の先進諸国中「日常生活上のリスク」
と「教育」指標では一位でしたが、「住居と環境」では10位、「健康と安全」では
14位であり、貧困ラインを下回る子どもの割合がなんと14.9%という高い結果でし
た。このことは、日本ユニセフ協会の理事を長年務めてきた小生にとっては、今後大
きなチャレンジです。子どもたちの貧困は、その家族の貧困に起因するが故に、我が
国でも貧困層の削減に有効な経済社会政策の導入は緊急の課題です。後述するように、
国連開発計画(UNDP)や世界経済フォーラムが毎年公表しているジェンダー指標で
も、2012年の日本が先進国で最下位であり、世界で101位の地位に甘んじてい
る現実も直視し、今後我が国が政府、地方自治体、企業、市民団体一丸となって解決
すべき重要な課題です。
今年は、2002年南アフリカ共和国のヨハネスブルグで開催された国連の「開発
と環境に関する首脳会議」で全会一致で採択した「持続可能な開発のための教育の国
連10年」(United Nations Decade on Education for Sustainable
Development=UNDESD)の最終年です。この提案は、我が国政府とNGOの共同提案で
したので、ESD最終年の世界会議は日本で開催することが決定され、今年11月に
は名古屋市でその閣僚会議が、岡山市では専門家会議と若者を中核とした市民社会の
会合が開催されます。この世界会議を後世に意味あるものとするために、我が国のみ
ならず、世界各国の政府をはじめ、各主体が一丸となって、その準備をしてきました。
小生が理事・顧問を務める我が国の幾つかの市民組織も参加してまいりましたが、特
に「ESDの10年、世界の祭典推進フォーラム」では、貧困削減と社会的公正のた
めの教育の一環として、昨年からジェンダー平等と社会的公正をテーマに、多くの市
民の皆さまのご協力を得て、会合を重ねてきました。この新年の賀状にその提言を添
付しましたので、皆さまには是非ご賛同を戴き、ご一緒にこの重要な課題の解決に邁
進できればと願っています。今後ともよろしくご鞭撻、ご支援をお願い致します。
また、小生が顧問を務める国連DPI認定NPO法人国連クラシックライブ協会は、
1991年以来、「赤毛のアン」を初め、多くのミュジカルを上演してきました。特に
2001年からわが国の地球環境基金、イオン環境財団等の支援を得て、地球環境保全、
貧困削減、人権擁護、核兵器のない世界平和の確立を訴えた「地球憲章」に基づく
「ゼロ弾きのゴーシュ」、「そして森は生きている」、「青い地球は誰のもの」や
「アマゾンの夜明け」を制作し、国内では米国第7艦隊在日本部横須賀基地を含んで、
札幌から那覇まで各地で、海外ではソウル、釜山、大邱、ニューヨーク、ワシンドン
DC、ハノーバー、ジュネーブ、パリで公演活動をしてきました。諸国民の間で地球
環境問題に対する関心が毎年高まり、国内外でのエコ活動に参加する人々が増えてい
ることを大変嬉しく思っています。昨年は国内では東京都下で成蹊大学と昭和女子大
学と、名古屋市では中部大学のご協力を得て公演しましたが、多くの学生、社会人が
参加して下さり、好評を頂きました。新年には、11月の名古屋と岡山でのユネスコの
「ESDの10年世界会議」に先立って東京都新宿区、名古屋市、那覇市で上演する予
定です。また、海外ではブリュッセル、パリ、ジュネーブ、さらに可能であれば北京
での公演を計画しています。今後も、母なる地球に生きるあらゆる生命を守る運動へ
の、皆様のご理解、ご協力、ご支援を切にお願い申し上げます。
最後に、皆様のご健康をお祈りしつつ。
2014年元旦 廣野良吉