丹羽 靭負 (にわ ゆきえ)(耕三) プロフィール & 著書
昭和7(1932)年、大阪生まれ。昭和37(1962)年、京都大学医学部卒業。医学博士。
丹羽免疫研究所所長。土佐清水病院院長。丹羽免疫研究所所長。活性酸素とSODの
研究を臨床家として国内はもちろん、世界的にも最も早く、1970年代より手掛け、この分野の
研究の世界的権威。SODなどの生体防御の研究論文が“Blood”を始めとする著名な英文
国際医学雑誌に続けて発表され、その数は50編を超す。国際医学専門誌(Biochemical
Pharmacology)への投稿論文の審査員でもある。国内では、ベーチェット病やリウマチの治療・
研究に長年従事し、多くの難病の原因を活性酸素の異常から解明し、また、これら難病の治療
に関して、特殊なSOD製剤をフランスのichelson博士より譲り受け、また自身でもSOD様作用
食品などの抗活性酸素剤や抗癌剤を自然の植物・穀物より開発し、大きな治療効果を上げて
いる。特に、自然回帰の重要性を訴え、出版された姉妹編『本物の医療・本当の健康』(ビジネス
社)は大きな反響を得ている。また世界に先駆け、遠赤外線の人体への効果を、水、動物、
人体などの全体の変化だけではなく、人体の細胞レベルでの生理・生化学的変化の検索を行い、
内外の医学専門誌で発表している。
「医は仁術なり―丹羽療法への遙かな旅路」(致知出版社、2002年1月10日 出版)
「水─いのちと健康の科学─」(ビジネス社,1999年7月15日)より
「白血病の息子が教えてくれた医者の心」(草思社、1998年6月15日 2刷)より
発がんの大きな原因の一つである活性酸素と、その防御酵素であるSODの研究、
臨床医として知られる。長年、ベーチェット病、リウマチ、アトピー性皮膚炎、がんの治療・
研究に従事し、これら多くの難病・がんの原因を活性酸素の異常から解明、抗がん剤と
異なる天然の治療薬を開発して成果を上げている。この治療薬開発の大きなきっかけと
なったのが長男・剛士君の白血病による死であった。著書に『天然SOD製剤がガン治療
に革命を起こす』『丹羽博士の正しい「アトピー」の知識』(廣済堂出版)、『激増活性酸素
が死を招く』(日本テレビ)、『水─いのちと健康の科学』(ビジネス社)などがある。
「クスリで病気は治らない―化学薬品の致命的欠陥を訴え、真の健康のあり方を説く」
(みき書房、1995年12月12日 より)
患者の遺伝子レベルの研究により、近い将来の重症アトピー患者の癌化可能性を警告
し注目されている。主著に『激増 活性酸素が死を招く』『アトピー99%治癒の証明』
(共に日本テレビ刊)「天然SOD製剤がガン治療に革命を起こす」(廣済堂出版)等がある。
「ルイボスティーでアトピーを治す」 (ルイボスティーとアトピー研究会編,丹羽靭負監修,
アニマ2001;星雲社、1995年3月25日より)
「アトピーがぐんぐん良くなる本」(日本テレビ放送網、1994年7月20日より)
内容 :第1章 アトピーが治った、改善された─超重症患者23人の治療経過
第2章 アトピーの原因がわかった 第3章 こんなにある間違ったアトピー療法
第4章 これが奇跡の丹羽式アトピー療法だ!!
第5章 天然の植物・種子を有効に活性化させる秘訣 第6章 丹羽式アトピー療法Q&A
「本音で語る医療と健康」(牧羊社,1990年5月10日)より
まず熊本に農場を持ち、京都などに事務所を持つドレミ村の協栄便株式会社(京都市南区)は、
本当の無農薬の農作物を作り、消費者に供給することに採算を度外視して日夜頑張っておられます。
また、大阪市東住吉区の萱野繁雄氏は、親子で富山県で土壌に活性炭を入れて、汚染土壌を浄化し、
無公害の稲を作り、東住吉区の萱野米穀店では、富山県で収穫された汚染のないきれいなお米や糠を
売ると共に、活性炭やマイナスの電極を家の壁・天井・床・お風呂・屋敷の床下(地中)に塗って施設に
したりして、多くの食料品を無公害化して販売し、人体の細胞の活性化を図ろうとする努力をしておられます。
関西テレビ「発掘!あるある大事典」 第227回 『春の健康診断SP』
2001年4月8日(日)21:00〜21:54放映]
SOD治療:『AERA』(1996年9月2日号)は「アトピー療法に苦情」と題して、<テレビが紹介した
アトピー治療法が爆発的人気を博した。しかし、患者からは苦情、医療関係者からは疑問の声も出始めた>と
報じている。これに対してN医師は記者を名誉毀損で告訴したが、2000年2月、原告N医師の全面敗訴が最高裁で確定している。
「アトピ−ビジネス」(文藝春秋、2000年6月20日竹原和彦著より)
*【‘03年分所得税高額納税者】四国4県上位20人 (毎日新聞、2004年5月18日)